「非常識の代償よ。」
桃姉がポツリと言った。
ふむ。小学生の頃、熱読したボクシング漫画に数々の必殺ブローが登場し、それの習得に明け暮れた事がある。その必殺技には、マッハを超えたパンチが真空を生み出し云々等と一応もっともらしい解説がついており純粋な俺はそれを信じて音速を超えるために日夜努力したものだ。
はっきりいって、漫画や最近ではゲームに出てくる非常識極まりない技は娯楽を追求する為のもので、それを実際に再現するというのは自殺行為に近い。
今の黒崎のように、どうやったのかは解らないがゲームにみたいなことを続けていれば痩せ細るのも無理はないだろう。まさに、身を削っての攻撃であった。
こりゃ、自滅パターンか?と思った時黒崎がすっと腰を落とした。
「物言いは終わったでござるか?」
目がギラギラしている。まだやる気だ。
言った瞬間に黒崎の身体が消えた。陽光が陰り、頭頂を硬質な殺気が貫いてきた。上に視線を送ると、上空で滞空した黒崎が俺を見下ろしている。まるでどこかの教祖様だ。
俺が半身をずらすのと、黒崎が爪先からきりもみ急降下してきたのはほぼ同時だった。
勢いが突きすぎたのか、そのままドリルみたいに地中へ潜り込もうとする。
「いただきっ!」
回転が正面を向いた瞬間に一発入れてやると、やつれて軽くなった奴の身体はそれこそ漫画のように地面に溝をほりつつ、豪快に吹っ飛んでいった。
これで終わりか、他の奴等も自滅に追い込めば楽勝じゃねぇか。
俺は、勝ち抜いたときの報酬を思い出しニンマリとした。
「・・・・・・そう上手くイクわけねえよねぁ。」
砂利と土を跳ね飛ばしつつ立ち上がった黒崎を確認して俺は頭を掻いた。
しゃぁねぇ。本腰入れるか。
黒崎がジリジリとスすり足で近づいてくる。
奴の技はさっき見せた跳躍からの攻撃と、飛び道具に突進技の三つ、スピードとパワーでゴリ押しするタイプだ。いくらゲームから持ってきた非常識な技でも対策さえ出来れば何でもない。小学生が強い強いとテメェを使おうが、こっちじゃ関係ねぇぜ。
黒崎の右が地面を打った。土飛沫が怒号を上げて疾る。と、同時に黒崎自身も跳躍した。五メートルも上空でピタリと停止する。
地上と空中からの攻撃。飛び道具をかわした所に急降下するつもりだ。
今までさんざか見せ付けられた馬鹿げた破壊力を考えれば、受けるなんてのは狂気の沙汰だ。
さて、どうする?
「慶介ッ!?何を・・・・・・ッ」
全く動こうとしない俺に桃姉が叫んだ。まだ、味方ってことか。嬉しいねぇ。
破壊の気に満ち満ちた土飛沫を目前に俺は足に全神経を集中した。失敗したらバラバラだ。
怒号がうねった次の刹那、俺は奴の足首をがっちりとつかんでいた。間髪入れずに腕力と腹筋、そして背筋を駆使して下半身を逆上がりのように持ち上がる。黒崎の背後から奴の腹に脚を巻き付け、今度は逆回転をかけ身体を引き戻した。奴の身体を空中に固定されている足場と見立てての動きだ。
バランスを崩され、黒崎の脳天を下にして落下した。
嫌な音がした。首だろう。ぐにゃりと力の抜けた黒崎から俺は身を離した。
周りには粉砕された石畳が散乱している。鳥居から本殿まで境内を横断する四十センチ四方のそれをカタパルト代わりにして、奴の足元まで跳躍したのだ。もちろん、今までの観察であの飛び道具が土飛沫を下から巻き上げているのを見抜いた上での行動である。
黒崎はピクリともしなかった、頚骨が折れたのなら最悪即死である。桃姉の説明通りなら、この一連の闘いに於いては超法規的な処置が取られるという。本当だろうか?勢いでやっちまったが、いきなり御用っていうのは勘弁だ。
「!?」
流石にもう終わりだろうと思っていたら、またも黒崎が立ち上がった。背骨にバネが入ったかのような異様な起き上がりかただ。
「!!??」
二連発で俺は絶句した。
首が異様に傾いている。折れているのは間違いない。鼻血や頭部の傷で顔が真っ赤だった。胸も真っ赤に染まって、鮮赤の中に白いものがチラチラと見える。折れた肋骨だった。武器にする為、一本抜いていた所へ落下のショックで砕けてしまったのだろう。
他にも、上腕や腿の筋肉はよじれ、折れた骨が肉を突き破りその白さを露呈させている。非現実を実現させた代償であった。
「やるでござるな。」
肉体の惨状とは別に朗々たる声であった。トーンが最初と変わらない。痛みを感じてねえのか、こいつは!?
一歩踏み出した黒崎の身体がガクンと傾く。右の脛の中央に肉の皺が出来ていた。その皺を突き破りまたも骨が顔を出していた。
黒崎はジロリとそこを見たきり意に介さず、ヒョコヒョコと飛び跳ねるように前進を始めた。
「ひいいぃぃぃぃィィィッッ!!」
何歩か前進した時、突然黒崎が叫び出した。見も世もなく泣き叫んだ。赤い顔に光る筋が走る。
折れた腕、砕けた手で我が身を抱きしめた。まるで、手術途中に麻酔が切れてしまった患者のようであった。
「まぁ、少し黙っているでござるよ。」
黒崎の口から漏れた、本人のものではない声と共にピクピクと痙攣する身体がピシッと立ち直った。
そして、俺に向かって悠々ヒョコヒョコと歩き出す。
一声上げ、黒崎が飛び掛かってきた。
カウンター気味に右を叩き込むと、黒崎は糸が切れた操り人形のように前のめりに倒れた。
数瞬の間を置いてまたも、黒崎が泣き叫び始めた。
「ひぃッ!ヒイイッ!・・・も、もう、ヤメ・・・ゆるし・・・テ・・・」
消え入りそうな声をひねり出しつつ、地面を指で掻きむしる。まるで、誰かに後ろへ引っ張られるのを必死に耐えているようであった。
「五月蝿いでござるな。とにかく、少し待つでござるよ。」
またも、黒崎は立ち上がった。
「桃姉、どうすりゃ終わるんだよ?」
俺はひどく冷静な声で訊いた。
「戦闘は、完全勝利を持って決着としてる。彼の場合、息の根を止めるしかないわ。」
事務的な桃姉の口調に俺の頭からネジが一本転げ落ちた。
「いい加減にしやがれっ!」
俺は黒崎を殴り倒すと、背後から黒崎の両腕を片手で捻じり上げロックし、さらに残りの腕を黒崎の股間に通し抱え上げた。
戴真流亀岩落。
その変形キャプチュードのような技を破壊された石灯籠の残骸の上に炸裂させた。
美紗緒が教えてくれた技だ。両肩と腰椎、股関節を破壊する、身動きの取れない相手にダメ押しの止めを刺す時に使う技だそうだ。
「ムッ、身体が動かん。どうしたのだ・・・!?」
口から血泡を飛ばしながら黒崎が上体を揺すった。モゾモゾと動く、その姿はひっくり返された亀のようである。
己の肉体を破壊され尽くしても変わらぬ無頓着さに、俺は胸クソが悪くなった。
「確かに宇宙人だな。納得したぜ。」
俺は、未だにウムウムと唸って立ち上がろうとするその顔面に拳を思い切り撃ち下ろした。

抜ける官能小説
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