道場に行くと、五人が稽古をしていた。まぁ、多い方だろう。
壁にかかっている門下生の名前を書いた木札は優に三十枚はあるが、参加は強制していない。嫌々、稽古したって何もなりはしない。それに強くなりたいと強烈に思う奴なら黙っていたって強くなる。道場での稽古なんぞ、きっかけに過ぎない。俺はそう思うぜ。
門下生の札から一つ離れて「師範代・乾 慶介」とある。俺の名前だ。
その下に真新しい札がある。「室井 美紗緒」とあった。名前の横に小さく「師範代代理」とある。
まったく、物好きだねぇ。この娘も。
ワイワイと騒がしくなった。振り向くと、皆でマットを敷いている最中であった。近くの小学校で古くなったものを貰ってきたもので、かなり痛んでいるがこれから始まる事にはなくてはならないものだ。
敷き詰められたマットの上に美紗緒が座していた。白の上衣に黒袴、薄汚れたマットと使い込まれてはいるが折り目の通った武道着のコントラストが目に痛い。
「押忍ッ」
美紗緒の前で高2の森田が勇ましい声で一礼した。美紗緒も立ち上がり、深々と礼を返す。
合図もなく、二人は構えた。
森田が前蹴りをフェイントにした上段突きを繰り出した。蹴りをフェイントに使う事は少ない。が、それは普通の場合で、「なんでもあり」がウチ流だ。たとえば、いきなり泣き出して油断させるのも立派な「技」だ。
前蹴りから、蹴り足を踏み込みに変化させ、正拳を見舞う。無茶な体勢からの拳などたかが知れている。だが、フェイントである前蹴りにひっかかりでもすれば無防備な個所への攻撃で相手は最低でも動きを止められる。そこへ、森田の得意技である左中段突き、肘うち、膝蹴りかミドルキックへのコンビネーションを叩き込む。
実際、この連携で森田はかなりの勝率を得ていた。隙あらば切り込んでくる連続技はそこいらの高校生では対処できないであろう。そして、コンビネーションの最後にあるミドルキックが曲者でガードしていても、これはキクのだ。
しかし、マットに這いつくばったのは森田であった。美紗緒は足を肩幅に開き、手は鳩尾と腰の前で開手の基本姿勢。ブン投げた後からこの姿勢に戻るのがあまりにも早いためほとんど動いていないように見える。
まず、森田の前蹴りに美紗緒が動いた。フェイントに引っかかったのか、わざとのったのか。踏み込みと同時に来る森田の正拳が美紗緒の左胸を叩いた。いや、拳が触れた瞬間に森田の身体が宙を舞った。そして、美紗緒は基本型の構えに。しかし、投げている所の映像がすっぽりと抜けていた。
マットの上で受け身を取れずに背中から落ちた森田が苦鳴を上げている。早く受け身位覚えろよ。美紗緒は取れるように投げているんだから。
次に金子、佐山、市田、大野が次々と挑んでいき、森田同様に投げられたり、組み敷かれて間接を極められたりしていった。
一巡して、再び森田の番がやってきた。先刻のダメージが抜けないらしく、肩がゆっくりだが大きく上下している。他の四人も同様にハァハァ言っている。大学生の市田なんかは防御が上手く、大学の柔道部の奴とやりあい投げられても、受け身からのカウンターを入れられる程だが、そいつも苦しそうにしている。全員同じように投げてくれ、という俺の注文を美紗緒はしっかりとやってくれているようだ。試合では投げられた直後の攻防は殆どないが、路上───喧嘩じゃそうもいかない。這いつくばったばったら最後、蹴りを入れられようが唾を吐きかけられようが文句は言えない。
今度はマットなしでこれをやってみようか。果たして何人辞めるかな。ヒッヒッヒッ。
サディステック且つ自虐的な笑いをかみ殺しているうちに、五巡目となった。美紗緒は上気している程度でなんとなく色っぽいのだが、男達はへばっているのが明白だ。
「その辺でいいだろう。」
パンパンと手を叩きながら、近づいていった。
「ホレッ」
余計な気を使ったのがいけなかった。美紗緒にタオルをかけてやろうとした瞬間、背を向けたままの美紗緒に俺は腕を捕まれぐいっと引き込まれた。そのまま一気に逆手で捻じり上げられる。
「あたたた、参った、降参。」
早々にギブアップした。本当に痛ぇんだよ、コレ。
どっと笑いが起こる。お前ら、憶えてろよ。
「あッ!、申し訳ありませんっ。」
素っ頓狂な声を上げて美紗緒が俺を開放した。どうやら、無意識にやったらしい。恐いねぇ、こいつに痴漢する奴は英雄だ。
「敵味方の判別位してくれよ。」
「はっはいッ、以後気をつけます!」
深々と下げた頭に俺は、「汗ふけよ」とタオルをかけてやった。
ビョンッと美紗緒の頭がタオルを引っかけたまま、起き上がり小法師みたく跳ね上がった。
喜色満面でニコニコしている。タオル一本でそんなに嬉しいかね。
その後、マットを片付けて礼をして解散となった。
戸締まりをしていると、再び制服姿に戻った美紗緒がやってきた。
「これから、お食事でもいかがですか?」
俺を誘う愛くるしい笑顔に、「そうだな」と答えながら何故こんなに入れ込んでくる理由を考えてみた。
美紗緒と始めて遭ったのは二ヶ月前に開かれた彼女が通っている私立聖楼学園の学園祭でのイベントだった。学園の格闘系のクラブが主催のトーナメントだ。
その場に俺がいたのは、親父の命令であった。トーナメントは、高校生の部と無差別───一般参加OKの部に分かれていて、その無差別級で優勝してこいと言うのだ。道場のデモンストレーションと俺の腕試しのつもりだったのだろう。
たまには親孝行もいいだろうと承知したのだ。決して、優勝賞品の目録にあるDVDプレーヤーが欲しかったワケじゃない。ましてや、それで来年発売予定の久美子ちゃんのDVDソフトを見ようなどとは決して思ってはいない。本当だぞ。

抜ける官能小説
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