午前中、高校生同士のかったるい試合運びに辟易していた俺の耳に怒号のような歓声が飛び込んできた。
何事かと歓声を呼んだ原因があるであろう、白線で囲まれたエリアに目を移すと九十キロはありそうな男子生徒───柔道着を着てるから柔道部員であろう───が這いつくばり、その傍らには武道着姿の女子が立っていた。状況から考えれば、その女の子が九十キロの柔道部をブン投げた事になるが、俺には信じられなかった。しかし、二本目が始まって柔道部が再び宙を舞い、俺は信じざるを得なくなった。
そして、審判の声が響く。
「それまでっ!勝者、室井美紗緒ッ」
またしても歓声が沸いた。華奢そのものといった美少女が、倍以上の体重差をものともしないで、しかも柔道部員を二本連続で投げ飛ばしたのだ、これで場内が沸かない方がおかしい。
次の試合、その次の試合もその娘───美紗緒はストレートで勝ち進み、あっさりと優勝してしまった。大体そんなモノだと踏んでいたので、俺は別になんとも思わなかったが、会場は壊れんばかりの歓声と拍手の嵐。クラスメートのものだろうか、「美紗緒ちゃーん」の黄色い声。声は出さずに熱い眼差しを送る娘もいる。こりゃ、明日から「お姉サマへ」とか書かれたラブレターが殺到するに違いない。
午後の部、一般参加OKの無差別級が始まった。午前と違って閑古鳥でも鳴いているかと思ったら、これが超満員。午前で優勝した室井美紗緒がこちらにもエントリーしているのがその理由だ。
あまりにもうるさいので試合放棄して帰ろうかと思ったが、勝ち進めばあの室井美紗緒ぶるかるだろうと思い直して出場した。どんなモノか多少興味があったのだ。
学園祭───高校生のお祭りという事もあって、さしたる相手もなく決勝にコマを進めた。さて、決勝の相手はと見るとやはりというべきか、室井美紗緒であった。
決勝戦開始早々に俺はブン投げられた。様子を見ようとしたのがいけなかったようだ。ヤンヤ、ヤンヤの喝采と美紗緒コールが巻き上がる。あー、うるせ。
大仰に呻き声を出して立ち上がると、二本目が始まった。
つっと美紗緒が一気に詰めて来た。パシッと俺の手首を取る。そのまま捻じって投げる予定だったろうが、そうはいかなかった。俺が残った手で美紗緒の手首を取ったからだ。重心を移動させる行程を中断され、美紗緒の動きが止まる。次の瞬間、美紗緒の身体は宙に舞っていた。
「一本っ!、乾慶介ッ」
場内は静まりかえっていた。相手をスイスイと投げ飛ばし、ストレートで午前・午後と優勝すると思われていたのが逆に投げられてしまったのだから無理もない。しかも、一本目の投げと同じ投げを。
この室井美紗緒という娘は明らかに勝負を焦っていた。もっと正確に言うのなら早く帰りたがっていたのだ。恐らく、今回の出場も嫌々だったのだろう。
焦りによる攻撃の単調化プラス俺の演技───一本目にあっさりと投げられたのは、勝てる相手と思わせるためだ。これまで簡単に勝ってきた事も関係しているだろう。一本調子の相手につけ入る隙などいくらでもある。
これで一対一。後はない。見せ場は九回裏ツーストライク二死満塁からと太古の昔に決まっているのだ。
しかし、再び向かいあった美紗緒は笑っていた。遊び相手を見つけた子供のそれに似ている。
「三本目、始めッ」
俺も同じような笑いを返したとき審判の声が上がった。
勝負は一瞬か、それとも時間一杯闘ったのか忘れたが結局俺は負けてしまった。叩き込めば終わったはずの底掌を、面白くないとフェイントに変えたのが悪かったかもしれない。
次の日、久美子ちゃんのよがる姿を想像して親父のお小言を聞き流してると、訊ねてきた者がいる。
室井美紗緒だった。それから、美紗緒は三日と開けずにやっきて稽古に参加するようになったのだ。さらには俺に気があるかのような言動の数々。
いくら考えても、美紗緒が俺に入れ込む理由は浮かんでこなかった。あの時、勝っていれば負け知らずで通してきたお嬢サマが初めての敗北と一緒に恋も知ってしまうなどと言った展開が構築できて解り易いのだが、負けてしまったのだからそれはまずない。
大体、負かした相手に入れ込んで得があるのか?さっぱり解らん。
「これ、入ってました。」
戸締まりを終えて外に出た俺に、先に出て待っていた美紗緒が何やら差し出した。
水分を吸って皺が浮き出た深緑色の封筒だった。親父は今月頭からどこぞに出かけているし、俺は殆ど郵便受けなど見ないのでそれは配達されてから少なくとも二週間は経過している事になる。
宛名は俺だ。ひっくり返してみると、差出人の名前はなく、奇妙な印が押してあった。
裏ビデオの広告でも入っているのだろうか。久美子ちゃんの新作案内でもあったらいいなと、封を破り中身を引き出す。
「・・・・・・・・なんだこりゃ?!」
「どうしました?」
中に入っていた、1枚の紙ペラに目を通して俺は声を上げてしまった。
「いや、何でもない。」
慌てて、手の中で握り潰しポケットへ仕舞い込む。こんなの見られたら俺までその手の人間かと思われちまう。
「さ、行こうぜ。この時間なら桃花楼だな。」
美紗緒を促し、俺はポケットの中で握り潰した紙の感触を確かめながら歩きだした。

午後9時頃に俺は美紗緒を別れ帰宅した。
久美子ちゃんのAV観てから、風呂入って寝ちまおうと上着から腕を抜いた時、クシャリと音がした。取り出すと、出掛けにポケットへ突っ込んだあの手紙だった。
取り出して、もう一度読んでみた。
・・・・・・・・・・・・。
「アホか。」
思わず声が出た。
それくらい凄い文面であった。こんなのに付き合ってたら、アホがうつる。さっさと寝ちまおう。明日は日曜だしな。
封筒と一緒にクシャクシャと丸めてクズ駕籠に放り込むと、俺はビデオプレーヤーのリモコンとボックスティッシュを手に取った。

抜ける官能小説
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