ふと気がつくと朝焼けが眩しかった。
朝の空気が清々しい。下半身も清々しかった。なんと、俺は自分のモノを握ったままねてしまったのである。テレビには再生されっぱなしの久美子ちゃんが移っていると思ったが、その画面は真っ黒だった。何時の間にかにスイッチを切っていたらしい。
時計に目をやると七時を回っていた。完全に遅刻だ。俺は手早く着替えると、顔も洗わず家を飛び出した。
バイト先は走って二十分の所にある。ちょっとしたロードワークだ。
呼吸を整えながら走っていると、妙な二人組みが進行方向から歩いてきた。雲をつくような大男と、身長一五〇センチ足らずの小男である。すれ違う時そいつらの気圏に入った瞬間、俺の心臓がドクンッ跳ねた。別に動悸・息切れじゃない、身体が戦闘態勢に入ったのだ。二人の気圏に接触した肌がピリピリしている。
幸い何事もなくそいつらとは距離が離れていった。もし、あの時二人のどちらかが声でも上げたら無意識に蹴りか拳を叩き込んでいたに違いない。あいつらの気圏はそれほどの気配を充満させていた。
”気圏”ってのはウチの用語で、ぶっちゃけて言えば雰囲気だ。例えば、顔に出さなくとも怒っている奴の側に行くとなんとなくそいつが怒っているのが解るだろう。それの拡大解釈が”気圏”なのだ。
さっきの二人組みの気圏はとんでもなく攻撃性に満ちたものだった。「敵意を込めて睨み付ける」という行為を意識だけで行うと、こうなるだろう。
間違いなく俺に向けてきたものだ。意識の流れが俺に向いていたし、普段からあんな気圏を作り上げていたら、やつらの行く所半径二メートルの不毛地帯が出来るだろう。警察にマークされる事請け合いだ。
怨まれる憶えはないが、やり合う事になったらやっかいかもしれない。まぁ、その時はその時だ。
何時の間にか緩くなったペースを元に戻して俺はバイト先に急いだ。

バイト先に着いた俺はけたたましい機械音をバックに呆然としていた。
先日まで農地だった所をブルドーザーやパワーショベルが何台も我が物顔で走り回っている。有刺鉄線と杭の中にある立て札にこんな事が書いてあった。
「私有地ニツキ、侵入ヲ禁ズ」
さらに、「KeepOut!」と書き殴ってある。
何なんだ、こりゃ?
「おう、慶介。何、ボケッとしてんだ?」
聞き覚えのある声の方を向くとそこには、今ガーガーやっている開発地の所有者である藤崎孝三が煙草をふかして立っていた。
ヘッドランプを装着した”安全第一”のヘルメットに、ニッカポッカと地下足袋の土方スタイル。首には成田山のお守りまで下がっている。
農業じゃ食っていけねぇから土方でも始めたか?しかし、畑をほじくり返している理由がつかない。
「孝三さん、こりゃ一体どうなってんだ?」
「どうって、オメェよ。」
孝三のオッさんが新しい煙草を咥え、ニヤニヤと笑いを浮かべながら、「ここだけの話だぜ。」と喋りだした。
オッさんの話はこうだった。
一昨日に、土地を売ってくれという者が何人も訊ねてきた。銀行の外交員風の者もいれば、ヤクザまがいの者もいた。
そいつらはオッさんが渋っていると、現金や小切手を差し出した。その額面はどれも、孫の代まで遊んで暮らせるような額であった。金額と連中の態度から、こりゃ何かあると踏んだオッさんは首を縦にはふらずに相手を退散させた。
その後、土地の権利書等を引っ掻き回して彼らが大金を出して欲しがる理由を探したのだが見つからなかった。
郊外に位置しているため評価が著しく悪い土地だ。売れる見込みがないので畑を開き、陸稲、トマト、ジャガイモ等を作っている。水道や電気が通っていないため全て人力で面倒を見る事になり、そこで俺は雇われ農夫として土をほじくり、水を撒き、雑草を取っているのだ。親父に言わせれば、農業は身体を鍛えるのに最適であって、その上金まで貰えて一石二鳥、という事なのだそうだがその親父は毎日修行と称して何処ぞを遊び歩いている、けしからん事だ。
しかし、俺がせっせと作った作物も悲しいかな土壌がイマイチ良くないために市場でも一山ナンボの状態であり、儲けに結びつかない。孝三のオッさんとしては親から受け継いだ厄介モノという所だろう。
そんな土地にいきなり大金を積み上げる連中が押しかけたのだ。オッさんでなくても何かあると考えるのは筋と言うものだ。
しかし、いくら調べてもその答えは出なかった。温泉が出るわけでもなく、石油なんて論外である。国道か高速道路の建造予定がリークされてバイヤー達が買いに走ったという事も考えられるが、連中が訊ねたのは孝三のオッさんの所だけらしい。
いい加減疲れたので原因究明を諦めた頃、家捜しの影響か神棚がガラガラと崩れ落ちてしまい、それを片づけている内に変色しボロボロになった紙切れを見つけた。広げてみると、なんと「藤崎家代々之宝」を隠した地図であった。
地図によると、宝の隠し場所は俺が先日までバイト先としていた畑であり、早速オッさんは道具やら人手を集めてお宝発掘を始めたのだ。
はっきり言って怪し過ぎる。よく考えても見ろ。今まで、買い手もつかない痩せた土地にいきなり購入希望が殺到し、宝の地図が発見されたのだ。まるで、下手クソな冒険小説の出だしである。
「大丈夫なのかよ?畑をこんなにしちまって取り返しがつかねえぞ。」
「なーに、心配いらねぇよ。宝が出なくてもよ、ここには何かあるに違いねえ。」
孝三のオッさんの顔には疑いの色は全くない。恐らく、宝の地図よりも土地を買いに来た奴等が提示した金額の方を信頼しているのだろう。
「まぁ、オメェからしてみれば働き先がなくなっちまったんだから問題だろうが、なに、お宝を掘り出したらボーナスはずんでやっからよ。」
「もしかして、今月分払えねぇとか?」
「ダンプとか人足に金払ったら、スッカラカンでな。悪いが、ちぃっとばっかり待ってくれや。」
借金取りでもないから、俺は「しゃあねぇな。」と承諾した。
別にここの畑に思い入れがあるワケでもないから、問題はない。今度はコンビニかビデオ屋のバイトをしよう。ビデオ屋なら久美子ちゃんのAV情報が入ってきていいかも知れないな。
「じゃ、俺っちもほじくってくるわ。」
「お宝が出るといいな。」
俺は孝三のオッさんと別れ、来た道を戻り始めた。

抜ける官能小説
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