八時半頃に家に戻った。玄関に上がると、ぐぅ、と腹が鳴った。いつもなら、孝三オッさんの所でタダ飯にありつくのだが、これからは供給が絶たれてしまう事になる。対策を練らなくては。
何はともあれ、茶の一杯でも飲もうと台所に向かった。ヤカンに水を入れようと蛇口のノブを捻る。
出ない。
あれ、あれ?と閉めたり開いたりを繰り返したが一向に水が流れ出す気配がない。
「断水か?」
諦めると、ここは健康的に牛乳でも飲もうと冷蔵庫を開けた。
「おい、コラ。」
いつもなら扉を開けた途端漏れ出す筈の冷気もモーター音も出なかった。つまりは、電気が止まっているのである。念のため、居間のテレビのスイッチを入れてみる。反応なし。頭上の蛍光ランプにつながる紐を引いてみる。これまた無反応。本当に電気が止まっているようだ。
「滞納はしてねぇよなぁ。」
俺は一人ごちた。世間体もあるので電気・水道・電話の三つはちゃんと収めるようにしている。督促状も来ていないから、滞納が原因ではないだろう。すると、工事か何かで停電という事も考えられるのだが帰る途中にそのような気配はなかったし、通達もなかった。冷蔵庫の暖まり具合から考えると、長時間停まっているはずだ。突発的な停電ならば、騒ぎが起きそうなものだ。
「あっ」
俺はふと思い当たって、自分の部屋に駆け込んだ。
ビデオデッキのテープ挿入口から中を覗いてみる。
そこには、しっかりとテープが再生状態で残っていた。今朝、何時の間にか止めたと思っていたのは間違いで、電力ゼロで止まっていたのだ。
いかん、このままではテープが伸びてしまう。未だに、レーザーディスクプレーヤーを持っていない俺としては、テープの劣化は頭の痛い問題なのだ。ちなみに、先月発売された久美子ちゃんのLD第一弾はモチロン持っている。予約特典でキスマーク付きだ、いいだろう。しかし、俺の知ってるマニアな奴はなんと使用済みパンティ付きのを持っている、うらやましいぜ。
問題がずれたが、テープの劣化の他にもう一つ困った事があった。それは、”ビデオが見れない”事だ。電気がなければ再生は勿論のこと、テープを取り出すことも出来ない。これは困った。この猛り狂うリビドーを何処にぶつければいいと言うのだ。
「ふむ。」
腕を組んであれこれと対策を考えていると、急に空腹を憶えた。
性欲と食欲という人間の三大欲求の内の二つが俺の中でせめぎあった。久美子ちゃんのビデオを見れるように対策を講じるか、朝飯を食うかの選択だ。
「桃姉んトコに行くか。」
俺はあっさりと後者を選んだ。前者は昨夜、下半身むき出しで寝てしまう程抜いたので今の所ピクリとも動かない。ならば、食欲を満たすのがスジであろう。停電であれば、桃姉の所に行ってる間に直るかもしれないしな。

石段を目の前にして、俺は左右を確認した。
「つけてこねえよな。」
思わず口に出た。
家を出てから、ここにくるまでに幾人ものとんでもない奴等に遭遇した。
どいつも、今は無きバイト先への道中に出くわした二人組みとどっこいどっこいにヤバそうなやつらだった。
ただすれ違っただけの奴、物陰から俺をじっと凝視していた奴、ティッシュを配るふりをして近づいてきた奴ETCetc・・・。
そのどれもが強烈な殺気を送ってきた。指向性のスピーカーで「てめぇ、殺すぞ」と言われているに近い。
ここ二、三日妙な奴等が増えているのは知っていたし街中すれ違ったりもしていたが、今日のように殺気をぶつけて来たのは初めてであった。
襲って来るかと臨戦態勢をとりつつここまで来たが、敵襲はなかった。視線や気配から、奴等は別個に俺をねらっているのが解る。今は、周りで牽制し合っているのかもしれない。
しかし、そんなに恨みを買う事をした憶えがねぇんだけどなぁ。以前、酔っ払った大学生が絡んできたんでブチのめしたら「パパに言いつけてやる。」とか喚いていたが、そのパパが復讐手段にプロの殺し屋をダース単位で雇った・・・ワケねぇよな。だったら、漫画だぜ。
もう一度周囲を確認して俺は石段を登りはじめた。
古いがしっかりとした石段を登るうちに俺は昨日、桃姉に来るように言われていたのを思い出した。「今日中に」とか言っていたが、まぁいいだろう。半日くらいのズレ、どうってことないさ。
百段近い石段を登りきり、所々塗装の剥げた鳥居を見えてくると、そこは蓮葉神社の境内であった。古めかしくいかにもといった社殿を迂回して、裏手にある母屋に回った。
玄関の呼び鈴を押して、しばし待つ。
待った・・・・・・待った・・・・・・・・・・・・待った・・・・・・・・・・・・・・・・・・出やしねぇ。
しょうがない、出直すか。
と、引き下がる俺ではない。裏は開いている筈だと、泥棒のようにつま先立ちで勝手口に回り戸を慎重に開けてみる。
ニヤリ。
勝利の笑みを浮かべ力強く戸を開け放とうとした俺の肩を誰かが叩いた。
ギクッ。
振り返りもせずに、ダッシュで逃げようとした俺はしかし、襟首を掴まれ逃亡を完遂する事が出来なかった。
「コソ泥のマネとはいい度胸ね。」
昨日聞いた、あの殺気をはらんだ声の方に目を向けると案の定、怒りのオーラを纏った桃姉が俺を睨んでいた。発散する気とは裏腹な無表情ぶりがあまりにも恐い。
さらに、今の桃姉の格好───白の上衣に緋袴、長い髪の後ろの生え際から少し下を檀紙で包み、水引で縛っている。俗に言う巫女さんだ。
その格好で、神様だろうが仏様だろうがブッ飛ばしそうな雰囲気を放っているのだから怖さもひとしおだ。
「いやあ、呼んでも返事がないから寝てんじゃないかと。起こそうと思ってな。」
我ながら意味の通らない言い訳だ。神社仏閣関係は朝が早いと決まっているのだ、この時間まで寝ているワケがない。
「ふぅ~ん、心配してくれて嬉しいわぁ~。」
青筋が浮かんだ声と共に耳を掴まれ俺はズルズルと神楽殿の方へと引っ張られていった。

抜ける官能小説
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