板の間に俺はでんっと胡座をかき、桃姉の白衣を押し上げる見事なバストの張りをを眺めながら、その横にいる桃姉の親父さん───神主の蓮葉辰彦の話に耳を傾けていた。
言葉の節々にピリピリとした緊張感がまとわりついている。その隣に座る桃姉も同様である。まるで地球最後の日に関する報告書を読み上げているかのような雰囲気だ。
「了解してもらえたかな?」
一段落した所で辰の親父さんが年相応のシブい声で訊いてきた。
「全然。」
俺も負けずにシブく答える。いつもならツッコミを入れてくる桃姉が何故かおとなしい。呆れ果てているんだろう。
「君が承諾しなくても、敵は動き出しているぞ。」
敵ねぇ。イマイチ解らねえな。
そもそも信じろというのが無理難題な三流SFモドキを聞かされて、「よし解った。俺に任せろ。」と言えるワケがない。
俺が首を捻っていると、辰の親父さんはとんでもない事を言い出した。
「今の所は電気・水道・ガスが止められる程度だが、就任しないとそのうち生存権まで剥奪されるぞ。」
生存権を剥奪ねぇ。っていう事はアレだ。憲法で定められている「人民が生存のために健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」ってヤツがなくなるワケで、都会の原始人と化してしまうという事だ。
生存権とまでいかなくても、現代社会で電気や水道を止められたら十分に死活問題だ。逆に”生存権”なんて目に見えないものよりコッチの方が効くぜ。
ん?今、辰の親父「今の所は」って言ったよな。今朝の停電はこれが原因か?
「もしかして、既に電気とか止められている?」
俺の問いに、腕組みした角張った顎が縦に動いた。
「なんじゃそりゃ、本人の了解も取らずにそんなの通るのかよ?」
「自分で種撒いて何言ってんのよ。」
思わず声を荒げた俺にそれまで黙っていた桃姉がツッコミを入れてきた。
「いい?あんたの所には着任者を選定するための令状が届いていたのよ。それを、ゴミ箱に放り込むだなんて自分が悪いんじゃないの。確かに、一般人から見ればSF三文小説か小学生のイタズラかと思うだろうけどあんたにしてみれば一大事じゃないの?それを捨てるなんてホントに馬鹿ね。国宝級の馬鹿よ。あんたの顔見たら、半端な馬鹿が裸足で逃げ出すわ。よく今まで生きてこれたわね。あんたの生存は現代の奇跡ね。ミラクル馬鹿ってヤツだわ。」
よくまぁ、ポンポン言葉が出てくるものだ。おまけに流れるように喋る。盗撮ビデオ等で巷をにぎわすルックスだけの女子アナウンサーよりもよっぽど流暢だ。
桃姉の口の悪さはいつもの事だが、どうにも腑に落ちない所がある。桃姉や辰の親父さんの話は俺が解っているのを前提にしているようなのだ。肝心の俺はチンプンカンプンなのに。
桃姉の悪態が一段落するのを見計らって俺は疑問解消のために、質問を開始した。
「令状ってなんだ?」「なんでそれが郵送で届く?」「何故、生存権の剥奪なんて越権行為が出来る?」
長い説明をダラダラ聞いていられる程のんびりしていないので、俺は矢継ぎ早に質問を繰り返した。
四十分もたったろうか、大体の事情を俺は理解出来た。
だが、理解するのと信じるのはやはり違う。
「全く信じてないわね。」
疑惑満面の俺に桃姉が小さな包みを差し出した。
開いてみると、そこには小豆大の赤いカプセルがあった。それを摘み上げてみる。
「何だい、コリャ?」
「判定マシンよ、これが勝ち負けの判定をしてくれるわ。」
「・・・・・・もしかして、コレを飲めって?」
「早くしなさいよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「大丈夫よ。中身はナノマシンだから。胃壁から血管に入って全身に散らばるの。そのままの大きさで動いたりしないわ。」
・・・・・・だそーだ。
ナノマシンだかなんだか知らないが、ますますSFっぽくなってきやがった。俺はカプセルの中で顔と手足を持ったバイキンがウヨウヨしているのを想像して気分が悪くなった。
「慶介君、事情を父上から聞かされていなくて信じられぬ気持ちも解らんでもないが、それを割ったら君どころか、この街の住民全てが不幸にみまわれてしまうぞ。」
俺の動きを察知した辰の親父さんが、厳かにそれでいて口早に言った。
じっとみつめる二対の目に俺は力を込めかけた指を硬直させた。
何とも言えない雰囲気がその場を支配した。
この現状を打破するには、俺が摘み上げたコレを飲むしかないのだろう。しかし、飲んだ途端トイレに駆け込み、やつれ果てて出てきた所に「ドッキリカメラ~」なんて言われたら、バカの骨頂もいい所だ。
どんよりとした時間が経過する。そして、俺の行動を決定させたのは辰の親父さんだった。
「このままでは、電気は止まったままだ。君の好きなアダルトビデオも見れないぞ。」
そうかっ!電気がなければビデオも見れない!つまりは久美子ちゃんの愛くるしい顔や迫力のGカップバストが見られないという事なのだ。
しゃぁねぇな。
人質を取られた俺は意を決して手中の疑惑の塊を口に放り込んだ。唾と一緒にゴクリと飲み込む。
腹に手を当ててしばし待ってみる。個室に駆け込みたくなるような変化は沸いてこなかった。
その変わりに別の変化があった。桃姉と辰の親父さんである。
今までの緊張した雰囲気が解けていた。桃姉なんか、今まで見たことがないような柔和な笑顔で
「朝ご飯まだなんでしょ?今、お味噌汁暖めるから待ってて。」
と来た。
掌を返すとは正にこの事だ。さっきまで緊張感は何処に行ったんだ?
それとも、そんなに嬉しい事なのかね?
 
「さっきの話だけど、アンタ本当に知らなかったの?」
ペタペタとご飯を茶碗によそりながら桃姉が訊いて来た。
「ああ、全部が全部、初耳だぜ。」
巫女装束にエプロンというあまりにもアンバランスな姿を眺めながら俺は鷹揚にうなずいた。
あの妙なカプセルを飲み込んだ後、辰の親父さんが「これで慶介君の就任が決まったわけだが、君にはかなりのハンデが科せられている。気を入れてかかる事だ。」と、不安になるような事を言いやがった。承諾後にハンデなんて単語が出てきて俺の不信感は最高潮に達していた。
もし、あの話が本当ならば状況的に俺は自分の死刑執行書にサインをした事になる。本当ならばな。
「はい、大根卸し。」
「おっ、サンクス。」
何はともあれ、メシの後に考えよう。
大根卸しに同じ大根の葉を刻んだヤツと小女子を混ぜ、醤油をたらしてそれをご飯に乗せる。パクリと一口。
「う~、辛~。」
思わず声が出た。しかし、この辛さがいいのだ。鮭の切り身や茄子のたまり漬け等のおかずも食べつつ、味噌汁を吸い込む。具は豆腐とワカメ。時間はズレてるが日本の朝だねぇ。
「たのもうっ!」
その時、俺の耳をとんでもない大音量がつんざいた。
なんつー大声だ。日本の騒音の既定基準を知らんのか。
こちらの返事もまたずに、今度は戸をガンガンと叩く音。
ついで、「たのもうっ!」とガンガンの不協和音。
そのやかましさと言ったら、日本の朝がぶち壊しである。
「もしも、の時があるから呼ぶまでこっちに来ないでよ。」
桃姉がエプロンを外して、足早に出ていった。
全く無粋な奴等だ。
「ごちそうさま。」
味噌汁を飲み干し、今し方桃姉が座っていた椅子に手を合わせる。
もしも、ねぇ。さっき聞いた辰の親父さんの話を思い出してみる。あの話が本当なら開戦までまだ間があるはずだ。本当ならばの話だが。
しかし、「たのもう」とはいささか時代がかってるな。
座っててもしょうがない、食後の運動にでも行きますか。

抜ける官能小説
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