騒音の発生地点たる玄関には誰もいなかった。どうやら桃姉が何処かへ連れていったのだろう。おろそらく、本殿だ。
そちらに歩いていくと、案の定何やら言い争う声が聞こえる。俺はそっと聞き耳を立ててみた。
「開戦は全員の登録完了後、二十四時間後となっています。それまでの勝手な戦闘は謹んで頂きます。」
桃姉の声だ。今まで聞いたことのない寸鉄を断つような響きがそこに含まれていた。
「別に戦おうというのではないのですよ。彼がどのような人物かを一目会って知りたいだけでござる。」
「それなら、配布された資料をお読み下さい。」
にべもない桃姉の口調を気にしていないのか相手は淡々としている。それにしても「ござる」ってのは何なんだ?
「資料とこやつが言うイメージが、かなりかけ離れていましてな、その真偽を確かめたいのでござるよ。」
また、「ござる」だ。時代劇かぶれの外人じゃあるまいし、何ふざけてやがる。
それに、”こやつ”なんて言う所からするとゴザル野郎の他にいることになる。複数だと厄介だ。乱戦になった時に生じる危険度が乗算で増加するからだ。
ここからでは、中の様子が見えないので気配を探ってみたが、曖昧模糊とした感じがするだけで解らなかった。
桃姉の他には一人分の気配しかしないのだが、二人いるような感じがするのだ。何故だ?
先程、桃姉とゴザル野郎が言い争っているこの本殿で聞かされたSFモドキを真実と仮定して、今言い争っている内容を分析すると、このゴザル野郎は俺の敵という事になる。そして、相手は俺の情報を資料で知っているが、俺は相手の事を当然ながら何も知らない。
相手がアレだとしたら、この差は大きい。情報を鵜呑みにするのは考え物だが、判断材料は多い方が良い。こと戦いに関しては対策を講じる関係上、情報の有無が生死を分ける事が多分ある。
しかも、相手は複数の可能性がある。ここは、大事を取って戦略的撤退をしたほうがいいような気がしてきた。
君子危うきに近寄らず、と抜き足差し足で戻ろうとした俺の耳にゴザル野郎の声が飛び込んできた。
「もう決まった事とはいえ、婦女子がいたぶられる姿を繰り返し眺めて楽しむような破廉恥極まりない男ですぞ。そのような輩がそちらの代表とは信じられませぬな。」
ガチャガチャと乾いた音がした。固いがそれほど重くないモノが床板に放り出される音だ。
その音に俺は聞き覚えがあった。毎日の様に接しているものだ。まさか・・・・・・
「貴方が信じられなくても、こちらは彼一人に一任されています。それに、これはこちらの娯楽・嗜好品です。選出の判断基準には含まれていません。」
「フム、拙者はまだ日が浅いため、こちらの勝手が解らぬのでござるがこれが嗜好品だとすれば、この記録映像に出ている綾音久美子という娘子は春を売る女郎──夜鷹なわけでござるな。いやはや、一応文明と呼べるモノがある星にこのような下等な生業が存在するとは・・・・・・。」
「おいコラ。待ちやがれっ」
思わず俺は本殿に踊り込んでいた。
確かに俺は、久美子ちゃんの可愛らしい顔が連続顔射で白くヌトヌトに埋もれていく所や、迫力のGカップを駆使したパイズリ奉仕や、堪らない脚線美を従えた桃みたいな尻を振りたくって絶頂を迎える所を見て抜きまくっている、これは確かに娯楽であり嗜好だ。
久美子ちゃんが、出演した番組でボリュームたっぷりの肢体を晒したり、AVでよがったり、写真集でヘアヌードどころか縛りや放尿姿を披露したりするのはジャンルは様々だが娯楽産業に従事しているのならそれは利立派に仕事と呼べるのだ。それを、昔風の呼び方で蔑みやがって。その歪んだ認識を修正してやる。
久美子ちゃんは、プライベートではラブラブなセックスがお好みに違いないのだ。そのお相手になるのが俺の人生目標その一だ。仕事で疲れて帰ってきた久美子ちゃんをベッドの中で「お疲れさま。愛してるよ、久美子」なんて言っちゃたりして、ウヒヒヒ。
「あんた、何しに来たの。」
呆れ果てた声に甘い妄想が打ち消された。目を向けると、「来るなって言ったでしょう」と表情で非難する桃姉がいた。これからいいところだったんだけどなぁ。
ピンク色の妄想をお首にも出さずジロリと周囲を見回す、桃姉ともう一人の二人だけがいた。
複数いると踏んだのだが、見当たらない。勘が鈍ったのだろうか。しかし、依然として曖昧模糊な気配はあるのだ。
桃姉と例のゴザル野郎の間に見慣れたモノが多数散乱していた。久美子ちゃんがオッパイを手で支えていたり、お尻をこっちに向けたりしている、縄で縛られているのもある。ビデオのパッケージだ。中身のテープも入っているだろう。十中八九、俺のだ。
「その方が、乾某でござるか。」
訳の解らん武家言葉の発言者に俺は多少見覚えがあった。
少し前に殴り倒した酔っ払いの大学生だった。居酒屋の喧騒の中、一人でシケた顔でちびちび飲んでいたのが悪かったのか、すっかり酔いの回った赤ら顔で絡んで来ると、学校のクラブか何かで空手でもやってるのか変ちくりんな構えを二、三見せて「さぁ、来い。」ときた。取り巻き連中が、オオッとどよめく。相手にするのも馬鹿らしかったので、遠慮なく拳骨をその鼻っ柱に入れてやった。技術も何もない、グーでパンチというやつだ。
手加減はしたつもりだったが、元々へっぴり腰な上にアルコールが入っているものだから、そいつは派手に転がった。起き上がったその顔は鼻血ダラダラだった。
「パ、パパに言いつけてやる。」
そいつは黒崎とかいう代議士の名前を出して抗議した。
デカイ図体してパパはねぇだろと思ったが、黒崎の息子は涙と鼻血を迸らせながら取り巻きと共に消えていった。
その時の奴がリターンマッチを挑んできた、と思ったが変な言葉使いの説明がつかないし、なによりも異質な気圏を形成していた。
以前のいいトコのお坊ちゃんと言った顔の頬はコケて、頬骨が飛び出している。血走った目の下には筆で描いたみたいにクマが貼りついていた。
しかし、全身から研ぎ澄まされ充実した気が溢れ出している。武術の鍛練という研磨を一日で数年分行った───そんな感じであった。「ゴザル」言葉も案外似合っているかもしれない。

抜ける官能小説
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