「先生、おはようございます。」
「おぅ、おはよう。」
「おはようございまーす。」
「おはよう。」
登校時間、私立蘭靖学園の校門で堀川正信は遅刻者のチェックを行っていた。
「おはようございます。」
鈴のような声が堀川の横を通り過ぎた。
「鈴川!」
堀川の声に鈴川清音が黒髪を揺らして振り返った。
「おはよう。」
「はい、おはようございます。」
教師と生徒は朝の挨拶を済ませると離れていった。
背後で挨拶の声を聞きつつ、清音は振り返ったとき堀川の唇の動きを読み返した。
------今度の俺は手強いぜ。
そんな所だろう。
鈴川清音は黒髪をの風に風になぶらせつつ、校舎に向かった。
「どぉ?保健室のスペシャルブレンドよ。」
カップの縁に桜色の唇をつけてから停滞のない動きで香り立つ液体を飲み干す美少年に私立蘭靖学園保健医・嘉村由美が訊いた。
「水分の補給に何か感想が必要ですか?」
カップを受け皿に置きつつ、九条ともえはおかしな事を訊くものだ、と言う口調で答えた。
「先生や生徒達には好評なんだけどね。」
この保健医は白衣の下で成熟した女の色気を発散する肢体と学園の教師陣と高等部高学年に人気を集める妖艶な美貌目当てにやってくる者達にお茶をふるまって世間話を講じるのを日課にしていた。当然、生徒にウケは良く、一部の教師陣に不興を買っている。
訪問者相手に磨いたさじ加減を感慨のかけらもない言葉で表現され、由美はまいったという風に方をすくめた。その動作でサマーセーターの下で息づく胸が強調され、大きく開いた胸元から覗く肉の谷間がさらに強調される。
「気を悪くされたなら謝ります。何しろ、生まれて十五年間、味というものを感じた事がありませんので。」
「しょうがないわね。でも、キレイなままでいるのも限界ってものがあるわよ。」
「やっぱり、愛する人の為に取っておきたいじゃないですか。」
はにかんだような微笑を浮かべ、少女のような台詞をともえが口にする。まるで厳密な計算を繰り返して構成されたギリシア彫刻の如き美しさをたたえるこの少年に今のような事を言われ、胸を高鳴らさぬ者はいないだろう。女なら誰でも、男でもだ。
「それで、用は何?」
「”選抜”の予定再確認です。」
「何故?すげ替え用の人員は順調に集まってるわ。」
「最近、非公認の孵化が増えています。生え抜きならともかく、幼くして母体との融合を図れば、十中八九母体に吸収されてしまいます。無事に融合できた者が二ケタいるかどうかすら解らない状態です。これは一体どういう事なんですか?」
「ともえ君は若いから知らないでしょうけど、いつものことよ」
「同族が死ぬことがですか?」
「ええ、それだけ・・・幼生の頃から”選抜”に出たいと思っているのよ。いかに”選抜”で選ばれる事が重要かって事ね。」
「それが自己の死につながったとしてもですか?」
「そうよ、”選抜”の最低条件は身体を持っている事だからね。まぁ、ともえ君みたいなシード選手は関係ない話でしょうけど。」
ともえを見つめる由美の眼にかすかな嫉妬の火が灯ったがすぐに消えた。
「で、あなたの愛しの君はどうなってるの?まさか、融合失敗で消滅しちゃったワケぢゃないんでしょう?」
「彼をそこらの三下と一緒にしないで下さい。」
珍しくともえが語気を荒げた。
声を上げずに笑う由美にともえはバツの悪そうな息をついた。
雛村杏子は階段を上がっていた。
校内の戸締まりのチェックである。三階を過ぎ、向かうは屋上だった。
昼休みには屋上を解放しているため、当直の教師が戸締まりにこなくてはならない。
屋上の昇降口に着いた杏子は、一応屋上に誰もいないか確認する。
(いないわね・・・・!)右手の方に気配があった。
そちらに眼を向けると、男子生徒が一人昇降口の傍らに座り込んでいた。
顔はまっすぐ前を見ている。そこには金網越しの街が広がっていた。
(この子、何も見ていない・・・)その横顔から杏子は生徒の意識が街の光景に集中しているのではなく、何処ともしれない場所をさまよっているのを感じた。網膜が像を結んでも脳まで伝わらなく、全く違う事を考えている状態だ。
「こらっ、下校時間は過ぎてるわよ。」
出来るだけ優しく、しかし聞こえるように声をかける。
反応は数瞬後であった。駅を寝過ごしたサラリーマンのようにビクンと飛び跳ねる。
「あっ?ああ、そうですか・・・」
傍らに立っている杏子を見上げ、生徒はぼんやりと声を上げた。
線の細い少年であった。美少年と言っても良い程のすっきりした顔立ちをしている。どこか儚げに見えるのは夕暮れだからかもしれない。
「そのごめんなさい。杏子先生。」
生徒は立ち上がって、うつむいた。
「あら、先生の名前知ってるの?」
「はい。」
「・・・ああ、あれね。」
しょうがないという風に杏子はため息をついた。
以前、水泳の授業に臨時で駆り出されてから「巨乳な先生」というイメージがついてしまったのだ。目の前の生徒もそれで自分を知っているのだろうと思った。
「違いますよ。もっと以前から知ってました。」
生徒は落ち着いた口調で言った。
「いいのよ、他に取り柄がないから巨乳くらいのウリがないとね。」
杏子はもぅ、「巨乳」という寸評に慣れきっていた。そのせいか、服装も今までより軽装になり、暑い日にはラフな服装で知られる同僚の沢木美幸と同じく、生徒達の注目を集めていた。
美幸に感化された事もあったが、中学生相手に気張る必要もないと、杏子は身構えをさほどしなくなっていた。
「そんな事ないです、入学してからずっと知ってます。僕が入学したときバストが九十二センチだったのが九十四センチになっていますし。」
「な、なんでそんな事知ってるの!?」
「学校の図書室でインターネットを覗いていたら、ウチの学校のホームページがありまして、そこのプロフィールで確認しているんです。」
胸元を押さえながら、杏子は校長が時々自分も含め教師達に色々聞いていたのを思い出した。男性教師にも聞いていたし、沢木美幸などはなんの躊躇もなく、スリーサイズを教えていたため、つられて杏子も校長にサイズ等を告げていた。
どうやら、校長は個人的趣味かどうかは別としてホームページに教師個人のプロフィールを作っていたらしい。しかも、スリーサイズの経過を入れて。
「知っている理由は解ったけど、女性にサイズとかハッキリ言うモノじゃないわ。」
「そうですね、済みません。」
杏子がたしなめる。最近、この手の会話にも余裕が持てるようになっていた。
「ところで、君、学年と名前は?」
「B-2-2の森谷樹です。」
思い出したように訊く杏子に、生徒------森谷樹は学年とクラスを答えた。
それを聞いた杏子は、授業中に先程の焦点の定まらない、何も見ていない視線を自分に向けている生徒がいたのを思い出した。
「それじゃ、先生の授業を聞かないで胸ばっかり見てたのね?」
意地悪く訊いてみた。この辺は沢木美幸の影響が大きい。
「はい。」
悪びれた風もなく、樹が即答した。
「え?あ・ああ、有り難う・・・」
樹が否定するものとばかり思っていたため、杏子の方が慌ててトンチンカンな返事してしまう。
「ちゃんと授業も聞いていますから、大丈夫ですよ。」
「な、ならいいわ。」
二人しかいないが、一応樹がフォローを入れる。
「じゃぁ、もう帰りなさい。暗くなるわ。」
杏子が樹を校舎内に促した。
「先生、一つ訊いてもいいですか?」
中にはいり、鍵を締める杏子に樹が硬い声で言った。
「なに?」
振り向いた杏子の声と表情が凍り付いたのは、樹の次の言葉を聞いた直後だった。
「先生、セックスって気持ちいいんですか?」

抜ける官能小説
inserted by FC2 system