それは、よく晴れた初夏の休日だった。
新宿西口のビル街に立つ、とある高層テナントビルの周囲には、歩道や歩道橋を埋め尽くして、たくさんの人々が集まっていた。
その数たるや実に夥しいもので、まるでマラソン競技の観戦でもしているかのように見えた。しかし、彼らの視線は皆、道などには注がれておらず、全て何やら斜め上方向に向けられているのだった。
その群衆が見上げていたもの。それは高層ビルの途中に故障して止まっている、三方ガラス張りの展望エレベーターであった……。
「……えー、こちらは、新宿西口、MSビルの正面です……。」
新宿駅を挟んで反対側に建つスタジオヤルタの大スクリーンには、某局のテレビ映像が音声とともに映し出されていた。
スクリーンの下には大勢の人々が立ち止まり、その映像を見つめていた。
スクリーンにはエレベーターの箱が下から見上げた格好で映し出されていたが、ガラスが反射するためもあって中の様子までは良く分からなかった。
「……御覧いただけるでしょうか。あの展望エレベーターです……。先ほど、今からおよそ30分ほど前のこと、あの展望エレベーターが突然故障して止まり、今もなお、数人の乗客を乗せたまま7階と8階の間に停止しているといった状況です……。原因はいまだ不明ということで……」
スタジオヤルタの建つ新宿駅東口周辺には、30代前半と思われる男性レポーターの声が響き渡っていた。
彼らのテレビ局では昼の情報番組を生放送中であったのだが、突然入って来たこのニュースのため、急きょ中継を挟んでいたのだった……。
「ああ、全く、動かないわねえ……。」
エレベーターの中では、乗客の中年婦人が苛立った声を洩らしていた。
レポーターが言っていた通り、そこには数人の男女乗客たちが乗っていた。
たった今不平を洩らしていた中年婦人とその連れの婦人。それに、理屈っぽそうな所謂「オタク」風の青年が2人に中年男性が1人……。
そして、その中には、一際人目を引く、美しいミディドレスに身を包んだ1人の娘の姿があった……。
「今日はパーティーでも……?」
先ほど、暇を持て余した婦人連れの1人は娘にそう尋ねていた。
それほどまでに、その娘の出で立ちは華やかで、美しかったのである。
娘は、スカートが2段になって大きく広がる愛らしい薄桃色のミディドレスを着て、窓を背にして立っていた。娘の両肩には提灯袖がふっくらと膨らみ、腰には大きな蝶結びのリボンが印象的に飾られていた。
背のスラリとした美しい娘である。
黒髪はアップに結い上げられ、その後ろ側は真っ白なかすみ草で清楚に飾り立てられていた。
上品で鼻筋の通った、端正な顔立ち……。
「お嬢様」という言葉がすぐに浮かんで来るような、色白で穏やかな雰囲気の、楚々とした顔立ちであった。
「はい、今日は、お友達の結婚披露宴へ参りますもので……。」
娘は柔らかく上品な笑顔を婦人たちに向けると、鈴を転がすような美しい声で物静かに答えていた。
広く開いた首周りには、真珠のネックレスが3重に巻かれていた。
スカートの前で白いハンドバッグを握っている両手には、手首のところにだけ愛らしいフリルが付いた、白いオーガンジー製の手袋がはめられていた。
俗離れした美しさとでも形容しようか。
その娘の全身は、まるで夢でもあるかのごとき、無類の気品と美とを湛えていた……。
3方をガラス窓で囲まれたエレベーターの中には、晴れ渡った初夏の日差しが一杯に差し込んでいた。艶(つや)やかな生地で作られた娘のミディドレスは、その陽光を受けて目映く照り輝いていた。見るからに上質なダイアモンドサテンで作られたそのドレスは、上品で華やかな光沢を湛えつつ、ある部分は純白に、またある部分はうっすらと淡い薄桃色に輝いていた。
まるで純白の水面(みなも)にホワイトピンクのさざ波が立つのを見るような、実に柔らかく絶妙な輝き。
それは如何にしても筆舌に尽くせぬ、実に見事な美しさであった……。

抜ける官能小説
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